はじめに
ベトナムに進出した外資企業の多くは、まず会計事務所に経理業務を外注するところから始めます。内製化するか外注するかの整理は別稿「ベトナム外資企業の経理:内製 vs 外注(会計事務所・BPO)」で触れましたが、外注を選んだ後に来るのが「どの会計事務所に任せるか」という問題です。
この事務所選びは、価格表と紹介だけで決めてしまいがちです。その結果、契約後に「対応が遅い」「日本語が通じると聞いたのに実際は通訳頼み」「決算期になって追加費用を請求された」といった不満が出てくるケースを、私は度々目にしてきました。会計事務所は一度契約すると乗り換えに手間がかかるため、最初の見極めがその後の経理の安定を左右します。
本稿では、ベトナムで会計事務所を選ぶ前に押さえておきたい判断軸を7つのポイントに整理します。すでに事務所を利用している会社向けに、乗り換えの考え方にも最後に触れます。
1. 任せる業務範囲を決める
会計事務所を選ぶ前に、自社がどこまでの業務を任せたいのかを決めます。ここが曖昧なまま相見積もりを取ると、事務所ごとにサービス範囲が違うため、金額を並べても意味のある比較になりません。
ベトナムの会計事務所が提供する業務は、おおむね次のように分かれます。
| 範囲 | 主な内容 |
| 記帳代行 | 仕訳入力、帳簿作成、月次試算表 |
| 月次決算・管理レポート | 月次決算、本社向け管理レポート作成 |
| 税務申告 | VAT・法人税(CIT)・個人所得税(PIT)等の申告 |
| 給与・社会保険 | 給与計算、社会保険(BHXH)手続き |
| 年次業務・監査対応 | 年次財務諸表の作成、法定監査の資料準備・監査法人対応 |
| 当局対応 | 問い合わせ回答、税務調査の資料準備・同席・説明文書作成 |
同じ項目でも、事務所が担う範囲は一様ではありません。たとえば「当局対応」なら、問い合わせへの回答までなのか、税務調査に同席して直接抗弁までするのか。法定監査を受ける企業では、監査法人への対応を会計事務所がどこまで担うか(資料準備のみか、監査法人とのやり取りや指摘対応まで含むか)も事務所によって差があります。任せたい範囲は、こうした段階まで分けて書き出しておくと、後の「これは契約に含まれていない」というトラブルが減ります。
もう一つ、ベトナムでは原則としてチーフアカウンタントまたは会計責任者を置く必要があります。企業規模や設立からの期間によって取扱いが異なるため、自社で配置しない場合は、会計事務所がこの機能を提供できるかを確認します。その際は「サービスに含まれるか」だけでなく、誰が正式に任命され、どの書類に署名し、どこまで責任を負うのかまで踏み込んで確認しておくと安全です。
2. 基本料金と追加料金を確認する
会計事務所は月額いくら、という表面の金額だけで選ぶと、後で想定外の負担が出ます。見るべきは金額そのものより、その金額に何が含まれ、何が別料金かです。
月額の記帳代行費用は安く見えても、年次決算・確定申告・監査対応・当局からの問い合わせ対応が別料金になっていることは珍しくありません。取引量が増えたときの追加請求の基準が曖昧な事務所もあります。基本料金に含まれる範囲と、追加料金が発生する条件を、契約前に文書で押さえます。
料金が極端に低い場合は、担当者一人あたりの顧客数や、事務所内のチェック体制もあわせて見た方がよいでしょう。日常経理は税務チェックと証憑管理が細かく絡むため、対応が薄いとミスや確認漏れが増え、結果として自社の管理者が修正や追加確認に多くの時間を取られることになります。金額は、サービス範囲と対応品質とセットで判断します。
3. 実際の言語対応と担当者を確認する
「日本語対応可」という表示だけでは、実際の対応体制は分かりません。日本人スタッフが常駐しているのか、日本語を話せるベトナム人担当がいるのか、普段はベトナム人担当で必要時のみ通訳が入るのか、その実態は事務所ごとに大きく異なります。
会計・税務の議論は専門用語が多く、通訳を介すと意図が正確に伝わらないことがあります。この点は別稿「通訳を介したベトナム経理との対話に潜むリスクと対策」でも整理しました。重要なのは「日本語ができるか」だけでなく、日本語で会計・税務上の判断理由まで説明できるかです。
確認したいのは、次の3者がそれぞれ誰で、どの言語で対応するかです。
- 営業・契約時の窓口
- 日常的に資料をやり取りする実務担当者
- 税務・会計上の判断を行う責任者
営業担当は日本語が堪能でも、日々やり取りする実務担当は別、というケースは少なくありません。契約前に、実際の窓口担当者との面談を設定してもらうとよいでしょう。
4. 期限管理と対応スピードを見る
会計事務所の実力は、価格表よりも日々の対応に表れます。特に期限管理と対応スピードは、経理の安定に直結します。
ベトナムでは税務申告や各種届出に法定期限があり、期限を過ぎると行政上のペナルティや遅延に伴う追加負担が生じる可能性もあります。締切ぎりぎりに慌てて資料を求めてくる事務所か、余裕をもって段取りする事務所かで、付き合いの安定感は大きく変わります。
契約前に、次のような点を具体的に聞いておきます。
- 通常の問い合わせへの回答目安(翌営業日か、数日か)
- 月次財務諸表を希望のスケジュールで出してくれるか
- 税務申告は期限の何日前に完了するか
これらは資料には書かれていないため、面談で直接聞くのが確実です。回答が具体的な事務所ほど、実務の段取りも整っている印象があります。
5. 担当チームとレビュー体制を見る
担当者が固定されるかどうかも気になる点ですが、それ以上に重要なのは、担当が変わっても品質が維持される仕組みがあるかです。固定された一人に依存しすぎる体制は、その人が辞めた途端に崩れます。
ベトナムの会計事務所は人材の入れ替わりが比較的多く、担当が頻繁に変わると、そのたびに自社の事情や過去の経緯を説明し直すことになります。過去の税務ポジションや、なぜその処理にしているのかという背景は担当者の頭の中にあることが多く、引き継ぎが甘いと処理の一貫性が崩れます。
契約前に、次の点を見ておきます。
- 主担当者は誰か
- 上位者によるレビューがあるか
- 担当者不在時の代替担当がいるか
- 税務上の重要な判断を誰が承認するか
- 担当交代時の引き継ぎ方法
6. 自社の業種・取引と税務に対応できるかを見る
同じ会計事務所でも、担当チームや責任者の経験によって対応力は変わります。事務所の規模よりも、自社の業種・取引に対応できる経験があるかを見た方が実務的です。
とりわけ外資企業の会計・税務では、税務対応の質が重要です。ベトナムは税務調査が厳しく、法令の解釈が曖昧な領域も少なくありません。条文だけでは判断できない場面で、当局の最近の見解や他社の実務事例をどれだけ把握しているかが、結果を大きく左右します。
たとえば、次のような経験・知見の有無を聞いておきます。
- 自社の業種(製造業、EPE〔輸出加工企業〕、商社、IT、サービス業など)での経験
- 税務調査の対応経験がどの程度あるか
- 法令が曖昧な領域での、当局の最近の見解や他社の実務事例の把握
- グループ間取引や移転価格への対応経験
- 日本本社向けレポートの作成経験
事務所の規模は、こうした対応力を支える一要素です。取引がシンプルな進出初期であれば中堅・小規模で十分なことも多く、論点が複雑な会社は体制の厚い事務所が安心です。規模の大小そのものより、自社の複雑さと税務リスクに見合った経験と体制があるかで判断します。
7. 契約終了・データ返却・引き継ぎ条件を確認する
見落とされがちですが、契約を結ぶ前に、契約が終わるときの条件まで確認しておくことを強く勧めます。ここが曖昧だと、いざ乗り換えたいときにデータを人質に取られたような状態になりかねません。
次の点を契約前に確認します。
- 帳簿・申告データの所有者は誰か
- 契約終了後、どの形式でデータを受け取れるか
- 電子インボイスや税務システムのアカウントを誰が管理するか
- 契約解除の事前通知期間
- 引き継ぎ作業に追加費用がかかるか
- 担当者の退職時に、資料と経緯が記録されているか
- 機密情報や個人情報をどのように管理するか
あわせて、契約前に一度事務所を訪問し、担当者と直接会っておくとよいでしょう。オフィスの整理状況やスタッフの雰囲気だけで品質は決まりませんが、長く付き合う相手の実像を知る手がかりにはなります。周囲に同じ事務所を使っている企業があれば評判を聞いておくと、公開資料だけでは分からない情報を得られることがあります。
補足:現在の会計事務所を乗り換える場合
すでに会計事務所を利用していて対応に不満がある場合は、乗り換えも選択肢です。ただしデータ移行や引き継ぎの手間が伴うため、タイミングと準備が重要になります。
乗り換えを検討すべきサインは、申告期限の遅れが常態化している、問い合わせへの反応が慢性的に遅い、担当が頻繁に変わって話が通じない、といった状態です。こうした問題が単発でなく繰り返し起きているなら、事務所側の体制の問題である可能性が高いです。
移行の時期は、可能であれば年次決算や重要な申告の直前を避けるのが無難です。ただし重大な問題がある場合は、決算期であっても変更を検討すべきケースがあります。いずれにせよ、過去の帳簿データ、申告履歴、当局とのやり取りの記録をきちんと引き継げるよう、旧事務所との契約終了条件を事前に確認しておきます。
おわりに
ベトナムで会計事務所を選ぶ際は、金額だけで判断せず、任せる範囲・料金の内訳・言語対応と担当者・期限管理・レビュー体制・業種と税務への対応力・契約終了条件という7つの視点で見極めることが、その後の経理の安定につながります。
会計事務所は、自社の経理を支える長期のパートナーです。複数の事務所を比較し、実際に会って確かめてから決める。この一手間が、後の大きな手戻りを防ぎます。なお、外注から一歩進んで経理を社内に持つ段階になった場合は、別稿「ベトナムで経理を内製化するとき最初に雇うべき経理社員像」もあわせてご覧ください。
FAQ
Q1. 会計事務所の費用は何によって決まりますか?
主に業務範囲と業務量で決まります。具体的には、月間の仕訳・証憑件数、従業員数、税務申告の種類、外貨・海外取引の有無、月次レポートの内容、チーフアカウンタント機能の有無、税務調査・監査対応の範囲などによって変わります。相場そのものより、提示金額に何が含まれ、決算・申告・当局対応が別料金になっていないかを、同じ条件で複数社から見積もりを取って比べるのが確実です。
Q2. 「日本語対応可」の会計事務所なら安心して任せられますか?
必ずしもそうとは限りません。日本語対応の中身は事務所によって異なり、日本人スタッフが常駐する場合もあれば、普段はベトナム人担当で必要時のみ通訳が入る場合もあります。会計・税務の議論は専門性が高く、通訳を介すと意図が正確に伝わらないことがあります。契約前に、実際の窓口担当者が誰で、日本語で会計・税務上の判断理由まで説明できるかを確かめておくとよいでしょう。
Q3. 今の会計事務所を乗り換えたいのですが、注意点はありますか?
可能であれば年次決算や重要な申告の直前を避け、区切りのよい時期に移行するのが無難です。過去の帳簿データ、申告履歴、当局とのやり取りの記録をきちんと引き継げるよう準備し、旧事務所との契約終了条件も事前に確認しておきます。乗り換え先を選ぶ際は、本稿の7つのポイントが判断の参考になります。







