はじめに
ベトナムに進出して間もない外資企業の多くは、経理を会計事務所に外注するところから始めます。記帳、決算、税務申告といった業務を外部に任せ、社内には経理担当者を置かない。立ち上げ期には、これは合理的な選択です。
しかし、事業が動き始め、取引が増えてくると、「外注のままでよいのか」という問いが出てきます。外注では、資料のやり取りに時間がかかる、数字がタイムリーに見えない、社内に経理のノウハウが蓄積されない。こうした不便が積み重なり、多くの会社が自社で経理を雇う、いわゆる経理の内製化に踏み出します。
問題は、この「最初の一人」をどう選ぶかです。ここでまず整理したいのは、内製化の目的です。内製化とは、これまで会計事務所に任せていた業務を、社内で回せるようにすることです。つまり、最初の一人には、外注していた実務を自分で理解し、社内で主導できる力が必要になります。単に日常の記帳を手伝う人を雇うだけでは、決算や申告の判断が外注任せになり、内製化の効果は限定的になります。本稿では、ベトナムで経理を内製化する際に、最初に雇うべき経理社員像と、採用時に押さえておきたいポイントを整理します。
1. なぜ「最初の一人」はチーフアカウンタント級である必要があるのか
最初に雇う経理社員は、単なる作業の担い手ではありません。これから自社経理の柱となる、実質的なチーフアカウンタント(以下、「CA」)としての役割を担う存在です。その理由は、制度と目的の両面にあります。
制度面:会計法上のCA任命義務
ベトナムの会計実務では、CAは企業の会計体制の中で重要な役割を担います。一定の条件を満たす企業ではCAの任命が求められ、決算書類や会計関連書類においてCAの関与・署名が必要となる場面があります。会計事務所に外注している間は、外部の担当者やCAがこの役割を担っていることが多いですが、経理を内製化するということは、この機能を社内に取り込むということです。
つまり、完全に内製化するのであれば、社内にCAとして署名・責任を担える人材、すなわちCA資格(チーフアカウンタント研修修了証)を保有する人材、あるいは近いうちに取得できる人材が必要になってきます。CA資格の位置づけについては、別稿「ベトナムの会計関連資格を整理する」で整理しています。
目的面:外注業務を社内で代替する
内製化の目的は、外注していた業務を社内で回せるようにすることです。記帳だけを社内に置く形でも、資料のやり取りや数字の確認はしやすくなります。ただし、決算・申告・税務対応の判断が引き続き会計事務所任せであれば、社内で数字を見て判断する力や、リスクを早めに把握する力は十分に育ちにくくなります。
だからこそ、最初の一人には、会計事務所に外注していた実務――日常記帳から月次・年次決算、税務申告、税務調査や監査への対応まで――を、会社の規模に応じて全部または大部分、自分で回せる力が必要になります。これは、事実上CA級の即戦力を意味します。
2. 最初に雇うべき経理社員像
では、具体的にどのような人材が「最初の一人」に向いているのでしょうか。会社の規模や業種によって細部は異なりますが、共通して求められる要素があります。
CA資格を保有、または近いうちに取得予定である
前述のとおり、内製化の1人目には、CAとしての署名・責任を担える資格が必要になる場面があります。理想は、チーフアカウンタント研修修了証をすでに保有している人材です。
ただし、実務経験は十分だがCA研修修了証をまだ取得していない優秀な人材を採用し、入社後に取得してもらうという進め方も現実的です。その場合は、いつまでに取得するのか、それまでの署名・責任体制をどうするのかを、採用前に整理しておく必要があります。
会計事務所に外注していた実務を一人で回せる
最初の一人で特に見たいのは、会計事務所に任せていた実務を、自分で回せる即戦力であることです。具体的には、以下のような業務を、外部の指示を待たずに進められる力です。
- 日常の記帳と伝票処理、月次・年次決算の締め
- VAT、CIT、PITなどの税務申告書の作成・提出
- 税務調査への対応、監査法人とのやり取り
- 銀行対応、資金管理
- 給与計算と社会保険の手続き
- 会計ソフト(MISA、FASTなど)の運用
- 管理者や本社への報告
大企業で業務が細分化された環境で特定領域だけを担当してきた人材よりも、中小規模の会社や会計事務所で、経理・税務を一通り自分で回してきた経験を持つ人材の方が、最初の一人には向いていることが多いと感じます。
自分で体制を作れる主体性がある
最初の一人は、社内に経理の前任者がいない状態で入社します。誰かに教わりながら覚えるのではなく、自分で業務の流れを作り、税務当局や銀行、(残す場合は)会計事務所とのやり取りを確立し、社内の他部門との連携を整えていく必要があります。指示を待つのではなく、自分で動いて体制を作れる主体性を見たいところです。
会社の言語環境に合うコミュニケーション力
管理者や本社とのやり取りで必要となる言語レベルも見ておきたい点です。英語なのか、日本語・韓国語・中国語など本社の言語なのか、会社の状況に応じて見極めます。ただし、語学力を優先しすぎて経理・税務の実務力が不足すると、内製化そのものが成り立ちません。実務力を土台としたうえで、必要なコミュニケーション力を備えているかを確認します。
最初の一人として採用を慎重に考えたい人材
一方で、最初の一人としては慎重に見た方がよい人材もいます。たとえば、大企業で売掛金だけ、買掛金だけ、請求書チェックだけを担当してきた人材は、個別業務には強くても、会社全体の経理を一人で組み立てる経験が不足していることがあります。
また、語学力は高くても、月次決算や税務申告を自分で締めた経験がない場合、内製化の中心人物としては不安が残ります。最初の一人を見る際は、職位や語学力だけでなく、実際にどこまで経理・税務を持っていたのかを確認することが大切です。
3. どこまで一人で担うかは会社の規模による
最初の一人がどこまでを一人で担うべきかは、会社の規模と業務の複雑さによって変わります。
小規模で取引がシンプルな会社であれば、最初の一人が記帳から決算、税務申告までを一人で完結できることが理想です。この場合、その一人が実質的なCAとして経理全体を担います。
一方、ある程度の規模があり、輸出入、移転価格、複雑な税務論点などが絡む会社では、最初の一人がコアの経理・税務を担いつつ、特に専門性の高い論点(移転価格文書化、グローバルミニマム課税、IFRS対応、複雑な税務調査対応など)については、外部の税務専門家や会計事務所と連携する形も現実的です。この場合でも、最初の一人は「外注に丸投げする」のではなく、「自分で主導し、必要な部分だけ外部の専門知識を活用する」立場です。
ここで大切なのは、外注を残すかどうかにかかわらず、最初の一人が経理の主導権を握っていることです。外部専門家を使うこと自体は問題ではありません。問題は、日常業務だけを社内で処理し、判断やリスク把握は外注任せになってしまうことです。その状態では、内製化による管理面の効果は限定的です。
また、いきなり完全な独力を求めることに不安がある場合は、会計事務所のレビューを併用しながら、徐々に日常業務を完全自走へ移していく進め方もあります。最初の一人が決算や税務申告を主導して作成し、その内容を会計事務所にレビュー(チェック)してもらう。この形であれば、社内にノウハウを蓄積しながら、外部の目で誤りやリスクを早期に発見できます。そして社内の力がついてきたら、レビューを依頼する範囲を徐々に縮小し、最終的には日常業務を完全に社内で自走する体制へと移していくことができます。進出から日が浅い場合や、採用した人材の実務力をまだ十分に見極められていない段階では、この段階的な移行が、内製化のリスクを抑える現実的な進め方になります。
4. 採用の実務ポイント
最初の一人を採用する際の、実務的な注意点をいくつか挙げます。
第一に、CA資格の有無と取得予定を確認することです。チーフアカウンタント研修修了証を保有しているか、していない場合は取得の意思と見込みがあるかを確認します。
第二に、外注実務を実際に自分で回した経験を具体的に確認することです。「月次・年次決算を自分で締めた経験があるか」「税務申告書を自分で作成・提出したか」「税務調査に主担当として対応したか」「監査法人とのやり取りを一人で回したか」を、面接で具体的に聞きます。会計事務所での勤務経験がある候補者は、外注側で複数企業の経理・税務を見てきた経験を持つことが多く、内製化の1人目として有力なことがあります。
第三に、一人で立ち上げられる主体性があるかを見極めることです。最初の一人は、しばらく社内に経理の同僚がいない環境で、自分で体制を作っていきます。チームの一員としては優秀でも、一人で業務を組み立てることには不慣れ、という人もいます。
第四に、定着の見込みと待遇のバランスを考えることです。CA級の即戦力を採るのであれば、それに見合った待遇が必要です。求める役割に対して給与が低すぎると、応募が集まらないか、採用できても早期に離職し、内製化の取り組みが振り出しに戻ります。
なお、内製化そのものを進めるべきか、外注を続けるべきかという全体的な判断軸については、別稿「ベトナム外資企業の経理:内製 vs 外注」で整理しています。あわせてご参照ください。
おわりに
ベトナムで経理を内製化する第一歩となる「最初の一人」は、これから作られる自社経理の柱です。求めるべきは、CA資格を保有する(または近いうちに取得予定の)人材で、会計事務所に外注していた実務を、会社の規模に応じて全部または大部分、自分で回せる即戦力です。日常業務だけを担い判断は外注任せ、という状態では、内製化による管理・判断・リスク把握の効果は限定的です。
最初の一人の採用は、単なる増員ではなく、外注依存から自社で経理を回す体制への転換点です。ここを丁寧に進めることが、その後の経理組織の成長を左右します。本稿は、経理組織の成長段階に沿った連作の第一回です。次回以降、「2人目の経理社員を採用するタイミングと社員像」「CAの下に層を作るタイミング」といったテーマも取り上げていく予定です。本稿が、ベトナムでの経理内製化を検討する際の参考になれば幸いです。
FAQ
Q1. 最初に雇う経理社員には、チーフアカウンタント資格が必要ですか?
完全に内製化するのであれば、原則として必要になります。ベトナムでは、一定の条件を満たす企業にCAの任命が求められ、決算書類や会計関連書類においてCAの関与・署名が必要となる場面があります。そのため、最初の一人には、チーフアカウンタント研修修了証を保有する人材、または実務経験は十分で近いうちに取得できる人材が必要になってきます。実務経験は十分だが資格をまだ持たない人を採用し、入社後に取得してもらう場合は、取得の期限と、それまでの署名・責任体制を事前に整理しておく必要があります。
Q2. 最初の一人を雇えば、会計事務所との契約は解約してよいですか?
会社の規模と、その一人がどこまで担えるかによります。小規模でシンプルな会社なら、最初の一人が経理・税務を一通り回せるようになれば、外注を縮小・解約する判断もあり得ます。一方、移転価格や複雑な税務論点が絡む会社では、コア業務を社内で回しつつ、専門性の高い部分だけ会計事務所や税務専門家と連携する形を残すことも現実的です。また、内製化に不安がある間は、社内で作成した決算・申告を会計事務所にレビューしてもらう形を残し、社内の力がついてきたら徐々に範囲を縮小していく進め方もあります。いずれの場合も、最初の一人が経理の主導権を持ち、外部は必要な部分だけ活用する、という位置づけが大切です。
Q3. CA級の人材を採用すると、給与が高くなりませんか?
相応の水準は必要です。会計事務所に外注していた実務を一人で回せるCA級の人材は、単純な作業担当者よりも市場価値が高くなります。ただし、内製化の目的は、単に外注費を下げることだけではありません。社内で数字を早く把握し、管理者が判断しやすくなり、税務・会計上のリスクに早めに気づける体制を作ることにも価値があります。重要なのは、求める役割(外注業務の社内代替)と給与のバランスを取ることです。役割に対して給与が低すぎると、必要な人材を採用できず、内製化そのものが進みません。







