はじめに
ベトナムに進出した外資企業の多くは、経理を会計事務所に外注します。外注そのものは合理的な選択で、内製と外注のどちらを選ぶかは別稿「ベトナム外資企業の経理:内製 vs 外注(会計事務所・BPO)」で整理しました。
問題は、外注を「丸投げ(任せきり)」にしてしまうことです。作業だけでなく、数字の確認も、判断の根拠も、過去の経緯もすべて会計事務所任せにすると、社内に処理の経緯や判断の根拠が残りにくくなります。平時には問題が見えにくい一方で、税務調査・不正の兆候・事務所の乗り換えといった局面で、自社が動けなくなります。
本稿では、会計事務所への任せきりが招く落とし穴と、外注を続けながらも社内に最低限残しておくべき機能を整理します。専任の経理担当を置けない会社でも実行できる範囲に絞っています。
1. 「丸投げ」と「適切な外注」はどこが違うか
外注が悪いわけではありません。分けて考えたいのは、任せる作業の量ではなく、自社が数字を理解し確認しているかどうかです。
適切な外注は、記帳や申告といった作業を会計事務所に任せつつ、出てきた数字の意味を自社が理解し、最終的な責任は自社が持ちます。一方の丸投げは、作業だけでなく、確認・判断・過去の経緯まで会計事務所に預けてしまい、自社の中に数字への理解が残りません。
同じ「記帳と申告を外注している」会社でも、この差は大きく開きます。月次の数字にざっと目を通し、疑問があれば理由を聞く会社と、届いた資料をそのままファイルするだけの会社とでは、いざというときの守りがまったく違います。
2. 任せきりで起きる主な落とし穴
会計事務所に任せきりにすると、次のようなリスクが少しずつ積み上がります。
- 誤りや申告漏れの発見が遅れる。チェックが会計事務所の中で完結し、自社の目が一切入らないと、処理のミスが年次監査や税務調査まで表面化しません。
- 税務調査で自社が説明できない。調査官の質問は最終的に会社に向きます。税務調査では、会計処理の根拠だけでなく、取引の背景や関連資料について会社側へ説明を求められることがあります。社内で過去の経緯を把握していないと、資料の確認や回答に時間がかかります。
- 数字が経営に活きない。月次が「出てくるだけ」で読み解かれないと、資金繰りや採算の異変に気づくのが遅れ、打ち手が後手に回ります。
- 依存が深まり乗り換えが難しくなる。会計データや過去の処理経緯が会計事務所側に偏っていると、事務所を変更する際のデータ移管や事実確認に時間がかかり、切り替えの負担が大きくなります。
- 社内不正や不適切な支出の兆候を見逃す。会計事務所は、会社から提出された請求書や証憑を基に処理するため、取引の背景や実態まですべて把握できるとは限りません。社内でも数字を確認する人がいなければ、重複支払い、不自然な経費、取引先への過大な支払いなどの兆候を見逃しやすくなります。
どれも、任せきりにした瞬間に表れる問題ではありません。平時は静かに進み、税務調査や資金繰りの悪化といった局面で一気に表面化します。
3. なぜ「丸投げ」が起きるのか
任せきりは、多くの場合、怠慢ではなく事情から生まれます。
経理人材を社内に置いていない、管理者が会計やベトナム語に不慣れ、「専門家に任せておけば安心」という思い込み、立ち上げ期で人手が足りない。どれも進出初期には自然な事情です。
問題は、これらを理由に確認を一切しない状態が固定化することです。事情は変わらなくても、後述する最低限の関与だけは残しておくことで、リスクの蓄積は大きく防げます。
4. 社内に最低限残すべき5つの機能
丸投げを避けるために、分厚い経理チームを抱える必要はありません。人手が乏しくても、次の5点だけは社内に残します。
- 主担当者とバックアップ担当者を決める。会計事務所との日常的なやり取りは主担当者に集約します。ただし、期限、重要な判断、提出資料は管理者やバックアップ担当者とも共有し、担当者が不在・退職となった場合でも確認できる状態にしておきます。専任である必要はなく、管理者や総務が兼務しても構いません。
- 月次の数字を自社でレビューする。損益の主要項目、現預金、売掛・買掛の残高に不自然な動きがないかを毎月ざっと確認します。分からなければ「なぜこの数字なのか」を会計事務所に聞く習慣をつけます。
- 重要な税務・会計判断の根拠を残す。なぜその処理を選んだのかを、会計事務所任せにせず社内にも記録します。たとえば、外国契約者税(FCT)の対象と判断した理由、特定の費用を損金算入・不算入とした理由、売上や費用を特定の月に計上した理由、関連会社間取引の価格や契約条件、過年度に税務当局から指摘された事項などです。すべてを詳細に保存する必要はなく、重要な判断についてメールや簡単なメモを残しておくだけで、担当者の交代や税務調査のときに効いてきます。
- 申告・納付期限を自社でも管理する。申告や納付の期限を自社のカレンダーでも持ち、会計事務所任せの一本化を避けて二重のチェックにします。
- 会計データと各種アカウントへのアクセスを確保する。事務所を変更するときや担当者が交代するときに困らないよう、少なくとも次のものは自社で所在とアクセス権を把握しておきます。会計ソフトのデータとバックアップ、電子税務申告アカウント、電子インボイスシステム、電子署名・トークンの管理者情報、過年度の申告書・財務諸表・税務計算資料、会計事務所との重要なメールや判断記録です。
いずれも高度な会計知識を必要としません。数字を理解し、根拠を残す関与を、細く長く続けることが目的です。
5. 会計事務所との役割分担を決める
任せきりを避ける確実な方法は、どこを会計事務所に任せ、どこを自社が担うのかを、あらかじめ明文化しておくことです。下の表は、その分担を整理する際の出発点です。
| 会計事務所 | 自社 | |
| 記帳・申告実務 | 作業の主担当 | 資料提供、期限管理 |
| 月次数字の確認 | 作成と説明 | レビュー、異常の検知 |
| 税務・会計判断 | 助言・提案 | 承認、根拠の記録 |
| 当局対応 | 資料準備、税務調査の同席 | 事実の説明、最終責任 |
| データ・アカウント管理 | 日々の運用 | 所有権とアクセス権の確保 |
役割分担は、契約締結時だけでなく、契約更新時や担当者の変更時にも確認しておくことが重要です。すでに会計事務所を利用している会社でも、このタイミングで「どこまでが自社の役割か」を見直しておくと、いつの間にか丸投げに近づく事態を防げます。
おわりに
外注は、ベトナムで経理体制を構築する際の有力な選択肢の一つです。ただし「任せる」と「任せきり」はまったく違います。作業は外注しても、数字を理解し判断する機能まで外注しないことが重要です。これが、税務調査・不正・乗り換えといった局面で会社を守ります。
人手が乏しくても、主担当とバックアップを置く、月次をざっとレビューする、判断の根拠を残す、期限を自社でも管理する、データとアカウントへのアクセスを確保する。まずはこの5点から始めれば十分です。もし外注から一歩進んで経理を社内に持つ段階になったら、別稿「ベトナムで経理を内製化するとき最初に雇うべき経理社員像」もあわせてご覧ください。
FAQ
Q1. 社内に経理担当がいない場合、丸投げは避けられませんか?
専任の経理担当がいなくても避けられます。管理者や総務が、会計事務所との窓口を主担当とバックアップに整理し、月次の数字をざっと確認し、申告期限を自社でも管理する。この最低限の関与だけで、任せきりの状態からは抜け出せます。分からない数字は会計事務所に理由を聞けば十分です。
Q2. 信頼できる会計事務所です。それでも社内チェックは必要ですか?
信頼と牽制は別のものです。信頼できる相手でも、人が処理する以上ミスは起こりますし、税務調査では最終的に会社が説明責任を負います。社内チェックは事務所を疑う行為ではなく、会社を守るための最低限の備えと考えるとよいでしょう。
Q3. どこまで社内で確認すればよいですか?
すべての仕訳を確認する必要はありません。まずは、月次の損益、現預金、売掛金・買掛金、税金の未払残高に大きな変動がないかを確認してください。あわせて、申告・納付期限と、会計データへのアクセスを自社でも把握しておくことが重要です。時間の目安としては、まずは毎月30分程度から数字に目を通すところで十分です(会社規模によって前後します)。







