はじめに
ベトナムに進出した外資企業(FDI)にとって、税務調査は避けて通れないテーマです。とくに2026年は、税務調査を取り巻く制度が大きく変わった年でもあります。
2026年7月1日から、新しい税務管理法(Luật Quản lý thuế / Luật số 108/2025/QH15)が施行され、旧法(Luật số 38/2019/QH14)を置き換えました。リスクに基づく調査対象の選定自体は以前から運用されていましたが、新法の下でデータ活用やコンプライアンス評価とともに、その枠組みがより体系化・強化されたことがポイントです。あわせて専門家からは、2026年に赤字が続く企業や低利益率の企業を中心に、税務調査が強化されているとの指摘も出ています。
本稿では、2026年のベトナムの税務調査で何が変わったのか、どんな会社が調査対象に選ばれやすいのか、そして経理の専門家でない管理者が事前に何を備えておくべきかを、管理者目線で整理します。なお、個別の税務判断は会社ごとに異なりますので、実際の対応にあたっては顧問の会計事務所・税理士への確認をおすすめします。
1. 2026年、ベトナムの税務調査は何が変わったか
2026年7月1日施行の新税務管理法(Luật số 108/2025/QH15)は、デジタル化とデータ活用、コンプライアンス管理とリスク管理を、より体系的に法律上位置づけました。施行細則として Nghị định số 252/2026/NĐ-CP が、コンプライアンス・リスク管理の具体的なルールとして Thông tư số 94/2026/TT-BTC(旧 Thông tư số 31/2021/TT-BTC を置換)が、いずれも同日付で発効しています(新制度の解説)。
リスクに基づく調査とは、当局が保有する申告データや業界平均と照らし合わせ、リスクの高い会社を優先的に調査する、という考え方です。旧法(Luật số 38/2019/QH14)や旧 Thông tư số 31/2021/TT-BTC の時代から運用されてきましたが、新法と Thông tư số 94/2026/TT-BTC の下で、コンプライアンス評価やデータによる自動化を含む、より体系的な枠組みに再構成されました。裏を返せば、数字に説明のつかない会社ほど、調査対象に選ばれやすくなるということです。
加えて、KPMG などの専門家は、2026年4月から12月にかけて特別調査計画が実施されていると報告しています。とくに、年商1,000 billion VND(=約1兆VND)以上で2023年・2024年に連続赤字の企業などが分析対象に挙げられており、収益・費用・利益の関係の妥当性、収益認識のタイミング、VAT、関連者間取引が重点項目とされています(KPMGの解説)。
2. 調査対象に選定されやすい会社
リスクに基づく選定の下では、「数字が説明できない会社」が拾われやすくなります。ここでは、2026年に当局が重点を置いている類型と、一般的に税務リスクが高くなりやすいケースを分けて整理します。
2026年に当局が重点を置く類型:
- 赤字が数年続いている、または同業に比べて利益率が不自然に低い(とくに大規模企業)。
- 関連会社との取引(親会社への支払、グループ内仕入・ロイヤルティ等)が多い。グループ内費用や関連者間取引は、2026年の重点調査項目の一つとされています。
一般的に税務リスクが高くなりやすいケース:
- 売上や利益が前年から急に変動している。
- 現金取引が多く、収益の実在性が見えにくい業態。
- 申告の遅延や修正申告が多い。
- 仕入税額控除やVAT還付の金額が大きい。
FDI企業でとくに見落とされがちなのが、移転価格です。親会社との取引が日常的にある会社は、関連者間取引の申告や移転価格文書化の対象になり得ます。ただし一定の免除要件(売上・取引規模の基準等)もあるため、自社が文書化義務の対象かどうかは会計事務所に確認することが重要です。2026年7月1日には移転価格の新政令 Nghị định số 255/2026/NĐ-CP が施行され、旧政令(Nghị định số 132/2020/NĐ-CP)を置き換えました。新政令では、一部の納税者について文書化免除の売上基準が引き上げられるなどの変更も入っています(新政令の解説)。
3. 税務調査の流れ
税務調査は、おおむね次の流れで進みます。管理者としては、細部よりも「どの段階で何を求められるか」を押さえておけば十分です。
- 事前通知。多くの場合、調査の対象期間・範囲を記した通知が書面で届きます。
- 往査・資料確認。調査官が帳簿、証憑、契約書などを確認し、取引の内容や処理の根拠について質問します。
- 調査結果・指摘内容の提示。確認結果に基づいて指摘内容が示され、会社は必要に応じて説明や追加資料を提出します。
- 結論。更正処分として、追徴税額に加え、加算税や延滞税が課されることがあります。悪質と判断された場合は、より重い罰則の対象になることもあります。
調査では税務検査記録(biên bản kiểm tra thuế)が作成されます。通常の税務検査の期間は原則20日以内、関連者間取引がある企業は40日以内とされ、それぞれ一定の場合に1回延長できます。頻度や対象期間は会社の状況によって異なりますが、どの段階でも「なぜこの処理にしたのか」を資料と言葉で説明できる状態にしておくことが重要です。
なお、実際に調査官が往査に来たときは、事務的に対応するだけでなく、歓迎する雰囲気をつくることも意外と大切です。食事に誘う、果物を出すなど、相手を人として丁寧に迎える。調査官も人ですから、心象が良くなることで、結果的に調査が円滑に進んだり、柔軟に対応してもらえたりすることも少なくありません。もちろんこれは、正しい資料と誠実な説明があってこそ効くものです。
4. よく指摘される論点
2026年7月には一連の税務関連政令が刷新されました(2026年の税制改正の概要)。税務調査で指摘が集中しやすいのは、次のような論点です。
- 損金の否認。費用の証憑・契約・実在性の文書化が不十分だと、損金算入が否認されます。費用の損金算入には文書化の要件があり、CIT法の施行通達 Thông tư số 20/2026/TT-BTC でも要件が整理されています。
- VAT仕入税額控除の否認。適正な電子インボイス(e-invoice)や支払の裏付けがないと、控除が認められません。電子インボイスは Nghị định số 254/2026/NĐ-CP が現行の根拠です。
- 移転価格。関連会社との取引価格に妥当性の根拠(同時文書化)がないと、所得の更正につながります。Nghị định số 255/2026/NĐ-CP が現行の枠組みです。
- 外国契約者税(FCT: Foreign Contractor Tax)。国外への支払に対する源泉漏れは、指摘の定番です。
- 給与・個人所得税(PIT)関連。手当の課税・非課税の判定や源泉の誤りが対象になります。
いずれも共通するのは、「処理そのもの」よりも「その処理を裏づける資料と根拠」が問われるという点です。
5. 管理者が事前に備えるべきこと
税務調査は、通知が来てから慌てて準備しても間に合いません。平時にやっておくべきことは、次の5点に集約できます。
- 証憑を月次で整理・保管する。請求書・契約書・VATインボイス・送金資料を、後から取引の流れをたどれる形で残します。
- 契約と実態を一致させる。契約書の内容と実際の取引・支払が食い違っていないかを、定期的に確認します。
- 移転価格文書を準備する。関連会社との取引がある会社は、価格の根拠を説明できる文書を用意しておきます。要否の判断は会計事務所に確認するのが確実です。
- 重要な税務判断の根拠を社内に記録する。なぜその処理を選んだのかを、会計事務所任せにせず、メールや簡単なメモで社内にも残します。
- 窓口とデータへのアクセスを確保する。調査対応の窓口を決め、会計データや電子申告アカウントに自社でアクセスできる状態にしておきます。
これらは、経理を外注しているかどうかにかかわらず必要です。経理体制そのものをどう組むかについては、別稿「ベトナム外資企業の経理:内製 vs 外注(会計事務所・BPO)」もあわせてご覧ください。
6. 会計事務所に任せている場合の注意
記帳や申告を会計事務所に外注していても、税務調査の説明責任と最終責任は会社に残ります。
会計事務所は、資料の準備や調査への同席、技術的な助言といった形で会社を支えてくれます。ただし、取引の背景や事業上の判断そのものを説明できるのは会社だけです。調査官の質問は、最終的に会社に向きます。社内で過去の経緯を把握していないと、その場で答えられず、対応に時間がかかります。
つまり、外注しているからこそ、社内に最低限の「説明できる力」を残しておくことが、税務調査での守りにつながります。
おわりに
2026年のベトナムでは、税務管理法の刷新によって、従来から運用されてきたリスクベースの調査が、データ活用やコンプライアンス評価とともに、より体系化・強化されました。数字に説明のつかない会社ほど、調査で不利になりやすい時代です。
とはいえ、管理者に高度な税務知識が求められるわけではありません。証憑を整理し、契約と実態を合わせ、重要な判断の根拠を残し、必要な文書を備えておく。この平時の積み重ねが、いざ調査が入ったときに会社を守ります。個別の判断に迷ったときは、顧問の会計事務所・税理士に早めに相談することをおすすめします。
FAQ
Q1. 赤字だと必ず税務調査に入られますか?
必ずではありません。リスクに基づく選定は以前から運用されていますが、2026年施行の税務管理法(Luật số 108/2025/QH15)と Thông tư số 94/2026/TT-BTC の下でより体系化され、赤字が続く企業や低利益率の企業は選定対象になりやすくなっています。とくに大規模で連続赤字の企業は、2026年の重点対象に挙げられています。大切なのは、赤字であること自体よりも、その数字を資料と根拠で説明できる状態にしておくことです。
Q2. 会計事務所に任せていれば、税務調査も安心ですか?
作業や同席は任せられますが、説明責任と最終責任は会社に残ります。会計事務所は資料準備や技術的な助言で支えてくれますが、取引の背景や事業判断を説明できるのは会社だけです。外注していても、社内に「説明できる力」を最低限残しておくことが備えになります。
Q3. 何から準備すればよいですか?
まずは直近1〜2年分の証憑と申告内容の整合を確認するところから始めるとよいでしょう。あわせて、契約と実態の一致、関連会社との取引がある場合は移転価格文書の要否確認、重要な税務判断の根拠の記録を進めます。要否や優先順位の判断は、顧問の会計事務所に相談するのが確実です。







