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ベトナムの経理担当者が「この会社は危ない」と感じる瞬間― 優秀な人材ほど静かに去る理由

ベトナム経理が去る理由

はじめに

ベトナムで外資企業の経理支援や採用支援に関わっていると、「優秀だった経理担当者が、特に大きなトラブルもないのに辞めてしまった」というご相談を受けることがあります。

あとから状況を整理してみると、本人は会社の中で「これは危ないかもしれない」と感じる場面を何度か経験しており、それが退職を考えるきっかけになっていた、というケースは少なくありません。

ベトナムでは、特にチーフアカウンタントや、財務諸表・税務申告に関与する経理責任者は、会社の会計処理に一定の責任を持つ立場にあります。会社の処理に問題があれば、自分自身の職業上のリスクとして受け止めることもあります。だからこそ、経理担当者は会社の「危険信号」に対して、管理者よりも早く、そして敏感に反応することがあります。

本稿では、ベトナムの経理担当者が「この会社は危ない」と感じやすい具体的な瞬間を整理し、なぜ優秀な人材ほど静かに去ってしまうのか、そして管理者として何を意識すべきかを考えていきたいと思います。自社が当てはまっていないか、確認のきっかけになれば幸いです。

1. なぜ管理者は「経理の危険信号」を見逃してはいけないのか

経理が感じる危険信号は、管理者にとって「会社のリスクが顕在化する前の早期警報」として捉えるべきものだと考えます。

経理は、会社のお金の流れ、税務処理、契約と証憑、資金繰りといった情報を日常的に最も近い距離で見ている職種です。売上の不自然な動き、説明のつかない支払い、証憑の欠落といった兆候は、経営者や駐在員が気づくよりも早く、経理の手元で見えてしまうことが多いと感じます。

さらにベトナム特有の事情として、チーフアカウンタントは会計業務について一定の独立性を持ち、法令違反の可能性がある処理については、法定代表者等に報告することが制度上想定されています。つまり、不適切な処理に関与し続けることは、本人にとっても職業上のリスクになり得ます。
経理が「この会社は危ない」と感じる瞬間は、多くの場合、「自分がこのまま関与し続けると、自分の責任問題にもなりかねない」と感じる瞬間と重なります。優秀な経理人材ほど、この感覚に敏感です。市場価値が高く、転職先の選択肢を持っているため、リスクを感じたときに無理に留まる理由がありません。結果として、会社にとって最も残ってほしい人材から先に去っていく、という構造が生まれやすいと考えます。

2. 経理が「この会社は危ない」と感じる5つの瞬間

これまで多くのベトナム現地法人の経理担当者と話してきた中で、現地の経理人材が「危ない」と感じやすい場面には、いくつか共通したパターンがあると感じています。

資金繰りのサインが見え始めたとき

経理が最も早く危険を察知するのは、資金繰りに関する領域です。具体的には、次のような兆候です。
• 取引先への支払いを「来月に回せないか」と相談されることが増えた
• 税金や社会保険の納付を遅らせる指示が出た
• 給与の支払日が後ろにずれた、または分割の打診があった
• 本社からの送金が遅れ、現地の運転資金が逼迫している
経理は、こうしたサインを「単発の問題」なのか、「構造的な問題」なのかを肌感覚で見分けます。特に、税金、社会保険、給与の支払いが後回しにされ始めると、「この会社は資金的に危ないかもしれない」という警戒感が一気に高まる傾向があります。
資金繰りの問題は、管理者にとっては一時的な調整に見えることもあります。しかし、経理から見ると、支払いの遅れは会社の信用、従業員の安心感、税務・労務上のリスクに直結する問題です。

グレーな会計・税務処理を指示されたとき

「とりあえず今期はこの費用を計上しないでおいて」「この売上は来期に回して」「この支払いは別の名目で処理して」といった指示は、経理にとって強い危険信号です。一度や二度であれば、「経営上の事情があるのかもしれない」と受け止めることもあります。しかし、こうした指示が繰り返されたり、証憑の伴わない処理を求められたりすると、経理は「自分が不適切な処理の実行者にされている」と感じ始めます。

ベトナムでは、税務調査において過年度の処理や証憑の整備状況を確認されることがあり、数年前の処理について説明を求められるケースもあります。経理は、「今は問題なくても、将来の税務調査で自分が説明を求められるかもしれない」というリスクを具体的に想像できる立場にあります。
特にチーフアカウンタントや経理責任者にとって、グレーな会計・税務処理を個人判断で実行することは、大きな心理的負担になります。

承認プロセスやガバナンスが形骸化しているとき

支払い承認のルールが定まっていない、役員や経営者の私的な支出が会社経費に紛れている、稟議や承認の記録が残らない。こうしたガバナンスの緩みも、経理が危険を感じる典型的な場面です。
経理から見ると、承認プロセスの形骸化は、「いざ問題が起きたときに、責任の所在が経理に向かいかねない」状況を意味します。誰の指示で処理したのかが記録に残らなければ、最終的に処理を行った経理や、署名した経理責任者が矢面に立たされる可能性があります。
もちろん、すべての会社が大企業のような厳格な承認制度を持つ必要はありません。特に中小規模の現地法人では、柔軟な運用が必要な場面もあります。
しかし、最低限、以下のような点は整理しておく必要があります。
• 誰が支払いを承認するのか
• どの金額以上は追加承認が必要なのか
• 例外処理は誰の判断で行うのか
• 承認記録をどのように残すのか
これらが曖昧なまま運用されると、経理は安心して処理を進めることができません。

証憑・契約の不備が常態化しているとき

VATインボイスや契約書が揃わないまま支払いが先行する、関連者間取引の根拠資料が整備されていない、現金取引が多く記録が曖昧である。こうした証憑まわりの不備が常態化している会社も、経理にとっては危険度の高い職場です。

ベトナムの税務上、適切なVATインボイス、契約書、支払証憑などが整っていない支出は、法人税上の損金算入やVAT控除の面で問題になります。
経理は、「この処理は税務調査で指摘されるかもしれない」と分かっていながら処理せざるを得ない状況に置かれると、強いストレスと将来不安を抱えます。
特に、営業部門や購買部門が先に取引を進め、あとから経理に「何とか処理してほしい」と依頼するような運用が続くと、経理の不満は大きくなります。経理から見れば、それは単なる事務処理の問題ではなく、会社全体のリスク管理の問題だからです。

指摘やリスクを伝えても放置されるとき

最後に、そしておそらく最も決定的なのが、経理がリスクを指摘しても経営側が取り合わない、という状況です。
「税務調査でこの点を指摘されました」
「この処理は是正したほうがよいと思います」
「このままだと証憑が不足しています」
このように伝えても、対応されないまま放置される。これが続くと、経理は「この会社では、自分が声を上げても意味がない」と感じ、会社の改善に期待することをやめてしまいます。
経理が退職を考えるきっかけは、必ずしも一つの大きな事件とは限りません。むしろ、小さな違和感や指摘の放置が積み重なり、「この会社に長くいるのは危ないかもしれない」という判断につながることが多いと感じます。

3. 優秀な経理ほど静かに転職を考える理由

ここで重要なのは、経理が危険を感じても、多くの場合それを声高に訴えてから辞めるわけではない、という点です。
むしろ、優秀な人材ほど静かに準備を進め、ある日突然辞意を伝えてくる傾向があると感じます。
理由はいくつか考えられます。

第一に、法的・職業的なリスクです。前述のとおり、ベトナムのチーフアカウンタントや経理責任者は、会社の会計記録や税務申告に関与する立場にあります。問題のある処理に長く関与し続けることは、本人にとって職業上のリスクになり得ます

第二に、不適切な処理への関与を疑われたくないという心理です。会社の処理に問題があった場合、将来の税務調査や社内紛争において、自分が説明責任を負う立場になる可能性があります。経理にとって、「自分は指示に従っただけです」と言っても、十分に守られないのではないかという不安は現実的です。

第三に、ベトナムの経理人材市場では、職場の評判が比較的伝わりやすいという事情もあります。特に会計・税務分野では、同業者間、前職の同僚、知人紹介などを通じて、会社の管理体制や経理部門の状況が共有されることがあります。

優秀な経理は、こうしたリスクを冷静に見ています。声を上げて状況を変えられる見込みが薄いと判断すれば、エネルギーを「会社を変えること」ではなく、「自分の身を守ること」に向けるようになります。
その結果として、表立った不満を言わないまま転職活動を始め、会社側から見ると「突然辞めた」ように見えるのです。

4. 管理者が取るべき実務対応

経理の危険信号に対して管理者ができることは、決して難しいことばかりではありません。重要なのは、その信号を「経理の心配性」として片付けないことです。

経理の懸念を「早期警報」として扱う

経理が「この処理は問題があるかもしれません」と言ってきたとき、それを面倒な指摘として受け流すか、リスクの早期警報として真剣に受け止めるかで、その後の展開は大きく変わります。
経理は通常、根拠なく危険を訴えることは多くありません。指摘の背景には、税務・会計・資金繰りに関する具体的な懸念があることがほとんどです。
もちろん、すべての指摘が重大な問題とは限りません。しかし、まずは経理がなぜそう感じたのかを確認し、必要に応じて専門家を交えて整理する姿勢が重要です。

グレーゾーンの判断は専門家を交えて行う

会計・税務のグレーな処理について、経理に判断と実行の責任を一身に背負わせるのは適切ではないと考えます。
判断に迷う論点は、会計事務所や税務の専門家を交え、会社としての判断として記録に残す形を取ることをお勧めします。
これは経理を守るだけでなく、将来の税務調査における会社の説明力にもつながります。
特に以下のような論点では、経理担当者だけに判断を任せない方がよいと考えます。
• 損金算入可否が不明確な支出
• VAT控除に必要な証憑が不足している取引
• 関連者間取引
• 個人費用と会社費用の区分が曖昧な支出
• 売上や費用の計上時期に関する判断
経理に「何とか処理しておいて」と依頼するのではなく、会社としてどう判断したのかを明確にすることが重要です。

「経理を守る」という姿勢を明確に示す

経理が安心して働けるかどうかは、「問題が起きたときに会社が経理個人を矢面に立たせないか」に大きく左右されます。
承認プロセスを整備し、誰の指示・判断で処理したのかを記録に残す仕組みを作ることは、経理にとって「自分は守られている」という安心感につながります。
たとえば、以下のような運用は有効です。
• 例外的な会計処理はメールや稟議で記録を残す
• 税務上グレーな論点は、外部専門家のコメントを取得する
• 経理が懸念を出した場合、管理者側で対応方針を明確にする
• 経理担当者だけでなく、会社としての判断であることを残す
この安心感が、優秀な経理の定着を大きく左右すると感じます。

資金繰りやリスク情報を一定範囲で共有する

経理が最も不安を感じるのは、「会社が危ないかもしれないのに、何も説明されない」状態です。
資金繰りの見通し、本社からの送金予定、支払い遅延の背景、今後の対応方針について、経理に対して一定範囲で説明を行うことは、不要な憶測や不安を防ぐことにつながります。
もちろん、すべての経営情報を共有する必要はありません。しかし、経理が日々の支払い、税務申告、給与、社会保険などを扱っている以上、必要最低限の背景情報がなければ、安心して業務を進めることはできません。
情報を完全に閉ざすよりも、適切に共有する方が、結果的に経理との信頼関係を維持しやすいと感じます。

採用・交代時には自社の経理体制も見直す

経理人材の採用や交代を検討する際には、単に候補者のスキルや給与水準を見るだけでは不十分です。
どれだけ優秀な人材を採用しても、会社側の承認プロセス、証憑管理、意思決定の記録、外部専門家との連携が整っていなければ、同じ問題が繰り返される可能性があります。
多くの会社では、経理担当者の退職をきっかけに採用活動を始めます。しかし、その背景に会社側の管理体制の問題がある場合、次の人材を採用しても、再び同じ不安を抱えさせてしまうかもしれません。
経理人材の採用を考える際には、同時に「自社は経理が安心して働ける環境になっているか」を見直すことが重要です。

おわりに

経理が「この会社は危ない」と感じる瞬間は、資金繰り、グレーな処理の指示、ガバナンスの形骸化、証憑の不備、そしてリスク指摘の放置といった場面に集約されると感じます。
これらは経理個人の感覚の問題ではなく、会社のリスクが顕在化する前の早期警報として捉えるべきものです。
優秀な経理ほど、危険を感じたときに静かに、そして現実的に次の選択肢を考え始めます。辞意を伝えられた時点では、すでに本人の中で結論が出ていることも少なくありません。
経理の懸念に耳を傾けること。
グレーゾーンの判断を組織として行うこと。
経理を守る仕組みを整えること。
そして、採用や交代の前に、自社の経理体制そのものを見直すこと。
これらは、優秀な人材の定着だけでなく、会社自身をリスクから守ることにも直結すると考えます。
本稿が、自社の経理体制とガバナンスを改めて見直すきっかけになれば幸いです。

FAQ

Q1. 経理が指摘してくるリスクは、本当に深刻なものばかりなのでしょうか?

すべてが重大というわけではありません。
ただし、経理は会社のお金と税務の流れを最も近くで見ている職種であり、根拠なくリスクを訴えることは多くありません。指摘の背景には、税務調査での否認リスク、損金性の問題、証憑不足、資金繰りの逼迫など、具体的な懸念があることが多いと感じます。
重要なのは、内容の軽重を管理者が一方的に判断する前に、まず経理がなぜそう感じたのかを丁寧に聞くことです。

Q2. 経理が静かに辞めるのを防ぐには、待遇を上げるしかないのでしょうか?

待遇は一つの重要な要素です。
しかし、本稿で扱った「危険信号」が背景にある場合、給与を上げるだけでは根本的な解決になりにくいと感じます。
経理が去る理由が、法的・職業的リスクへの不安や、指摘しても放置される無力感にある場合、対応すべきはガバナンスや意思決定の仕組みです。
経理が安心して働ける環境を整えることが、結果的に最も効果的な定着策になることも多いと考えます。

Q3. グレーな会計・税務処理について、経営判断として経理に指示するのは問題なのでしょうか?

経営判断そのものを否定するものではありません。
ただし、ベトナムでは会計処理や税務申告に関して、チーフアカウンタントや経理責任者が一定の責任を負う立場にあります。そのため、判断と責任を経理個人に集中させるのはリスクが高いと考えます。
グレーな論点については、会計事務所や税務専門家を交えて検討し、会社としての判断であることを記録に残す形を取ることをお勧めします。
これは経理を守ると同時に、将来の税務調査における会社の説明責任にも備えることになります。

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この記事の著者

Accounting Works 編集部

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