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妊娠・出産・育児に関する女性社員の権利 – ベトナム労働法の実務ポイント

はじめに

ベトナムは女性の社会進出を積極的に推進しており、労働法における女性保護、特に妊娠・出産・育児期の保護が相対的に手厚い国です。外資企業のバックオフィスでは女性社員比率が高いことも多く、経理・税務部門を中心に、妊娠・出産・育児に関連する権利の理解不足が現場の混乱や労務リスクに直結しやすい傾向があります。生理休憩のように日本にはない独自の制度も存在します。こうした制度の違いを知らないまま運用していると、意図せずコンプライアンス違反を起こしてしまうリスクがあります。本稿では、バックオフィス実務に影響しやすい内容に絞って、外資企業管理者が押さえるべきポイントを整理します。

1. 女性社員の代表的な権利

(1) 妊娠中・産休中・育児中に共通して押さえるべき権利

妊娠中・産休中・出産後の育児中に共通する重要論点を、まず整理します。

■ 妊娠・産休・子が12か月未満を理由とする解雇/一方的解除の禁止

会社は、結婚・妊娠・産休・子が12か月未満であることを理由に、解雇や雇用契約の一方的解除を行うことができません。例外は「会社が事業を停止する場合」等に限られます。実務上、「理由は別」として処理したつもりでも、タイミングや証拠関係次第で紛争に発展する可能性があるため注意が必要です。

■ 妊娠中・産休中・子が12か月未満の間は懲戒手続きを実施できない

懲戒手続きは、当該期間中は原則として実施できません(手続きが一時停止するイメージ)。ただし、これは「免責」ではなく、保護期間が終了した後に時効の範囲内で処理される可能性がある点は誤解されがちです。

■ 有期契約の満了が重なる場合:更新は義務ではないが「新契約の優先」が規定される

労働法上、有期契約が妊娠中または子が12か月未満の期間中に満了する場合、「新しい労働契約の締結が優先される」と規定されています。ただし、“必ず更新しなければならない”とまで断定できる条文構造ではないため、更新しない場合は合理的な理由と経緯の記録を残すことが実務上重要です。

(2) 妊娠中

■ 夜勤・残業・長距離出張の制限

妊娠中の制限は「いつから一律禁止か」が誤解されやすいポイントです。会社は、妊娠7か月以降(山岳・僻地・国境・島嶼等の一定地域では6か月以降)の女性社員に、夜勤・残業・長距離出張を命じることができません。また、子が12か月未満の場合も同様の制限がありますが、こちらは本人合意があれば例外となり得ます。

■ 妊娠を理由に「より軽い業務」への変更、または「1時間の労働時間短縮」

重労働・有害業務等に従事している女性社員は、妊娠を会社に通知することで、より軽い・安全な業務への配置転換、または1日1時間の労働時間短縮(賃金・権利の減額なし)が認められます(子が12か月になるまで)。バックオフィス職であっても、化学物質、粉塵、騒音、重量物運搬などが関わる現場立会いがある場合は該当し得る点に注意が必要です。

■ 妊娠中の本人側からの一方的契約解除と契約一時停止

妊娠中で、医療機関の証明により「仕事を続けることが妊娠に悪影響」と判断される場合、本人は以下を選択できます。

  • 労働契約を一方的に終了
  • 労働契約を一時停止:一時停止期間は、医療機関の指示する休養期間以上で、当事者間で合意

この規定は企業側が認識していないことが多く、トラブルに発展しやすい領域です。突然の申し出があった場合でも「無断退職」と決めつけず、医師の証明書と通知要件を確認することが実務上のポイントです。

■ 産前健診休暇:原則5回

社会保険に加入している女性社員は、産前健診のために5回、各1日の有給休暇が認められます。遠隔地に居住している場合や異常妊娠等の場合は、各2日が想定されています。

■ 流産・死産等の場合の社会保険給付(休業日数は妊娠週数で変動)

流産・死産等の場合にも休業と社会保険給付が認められますが、休業日数は妊娠週数により異なります(例:一定週数未満は10日、より進行している場合は日数が増加)。制度改正の影響を受けやすい領域のため、運用時には最新の社会保険実務を確認することをお勧めします。

(3) 産休中(出産前後)

■ 産休:合計6か月(多胎は+1か月/子)

産休は出産前後で合計6か月です。産前休暇は最大2か月まで取得可能で、双子以上の場合は第2子以降1子につき1か月が追加されます。実務上は、産前はギリギリまで働き、産後に休暇を集中させたいと考える社員が多い印象です。産休期間を全て使い切る前であっても、少なくとも4か月休んだ後であれば、早期復帰が可能です。条件は、本人の事前通知、雇用主の同意、および医療機関による「早期復帰が健康上問題ない」旨の確認の3点です。早期復帰した場合、就労日の賃金は会社が支払い、並行して社会保険の産休給付も継続するため、社員にとっては金銭的メリットが大きい制度です。実際に4か月の産休で職場復帰するケースも多く見受けられます。

■ 出産給付(社会保険の基本構造)

社会保険の給付として、企業管理者が押さえるべきは概ね次の2点です。

  • 月次の産休手当:直近6か月の社会保険料算定賃金の平均の100%が原則。
  • 一時金(出産時):子1人につき、基礎賃金の2倍。基礎賃金は2026年6月時点で月額2,340,000 VND(2026年7月より2,530,000 VNDへ引き上げ予定)。

なお、企業によっては社会保険料の算定基礎となる賃金を実際の給与より低く設定しているケースもあります。産休手当の金額に直結するため、転職時にこの水準を確認する候補者も少なくありません。

(4) 出産後・育児中(復職後を含む)

■ 育児中(子が12か月未満)の60分休憩

子が12か月未満の女性社員は、勤務時間内に毎日60分の休憩(給与減額なし)が認められます。

■ 夜勤・残業・長距離出張の制限

子が12か月未満の場合、会社は原則として夜勤・残業・長距離出張を命じられません(ただし本人合意があれば例外となり得ます)。

■ 産後回復休養

産休後、復職してから一定期間内に健康が回復していない場合、5〜10日の回復休養(条件により日数が異なる)が規定されています。

■ 復職時の職務・給与

「産休前と同じ職務・給与で復帰できるか」は、人員再配置と衝突しやすいポイントです。条文・運用上、産休・育児期の保護趣旨は強く、不利益取り扱いと受け取られる配置・処遇変更はリスクが高い領域です。産休をきっかけに自分の居場所がなくなるのではないかと不安を抱える社員も多いため、心理的配慮の観点からも、安心して復職できる体制づくりが求められます。

■ 搾乳室の設置

企業は、実態に応じて搾乳室の設置が推奨されています。政令145/2020/NĐ-CP第74条では、女性労働者を多数使用する企業に対して搾乳室の設置を求めており、1,000人以上の女性労働者を使用する場合は設置が義務とされています。設備要件(トイレ不可、電源・水源、冷蔵庫等)についてもガイドラインで定められています。

(5) 常時(平時)

■ 生理中の休憩(原則:勤務時間内に30分)

女性社員は、生理期間中に勤務時間内で毎日30分の休憩を取る権利があります。最低でも月3営業日以上が目安とされており、具体的な取得方法は職場の実態と本人のニーズに応じて調整します(本人から会社への通知が必要)。この休憩時間は労働時間として扱われ、賃金は減額されません。本人が休憩を取らずに就労し、会社がそれに合意した場合は、通常賃金に加えて追加賃金の支払いが必要です(残業手当とは別の扱い)。

2. 妊娠・出産・育児の運用で管理者が悩む点

ここからは、実務でよく勘違いが起きるポイントや、管理者から相談が多い論点を取り上げます。

(1)「会社が払うもの」と「社会保険が払うもの」の区別

ベトナムの妊娠・出産関連の費用負担は、「会社負担」と「社会保険負担」の区別が曖昧になりがちです。注意すべき点は多いものの、会社が直接負担する項目は限定的であり、追加コストは通常大きくなりません。

  • 会社が払うもの:生理休憩30分・授乳休憩60分は「労働時間内の休憩」であり、賃金減額なし
  • 社会保険が払うもの:産休中の所得補填、産前健診休暇、流産等の休業給付、産後回復休養の給付はいずれも社会保険から支給されます。それぞれ申請期限と必要書類が定められています

(2) 生理休憩を運用できていない

生理休憩は「休暇」ではなく勤務時間内の休憩であり、月3日以上の最低ラインがあります。管理者がこの制度を知らないケースも見受けられ、未整備の会社では社員も言い出しづらく、「制度があるのに使われない」状態に陥りがちです。

  • 就業規則/社内規定に、申請方法(誰にいつ伝えるか)だけでも明記すると運用負担が下がります。
  • 「休憩を取らず働く」場合の追加賃金も、管理側が知らないと後から指摘されやすいです。

(3) 産休中の経理業務をどうするか

経理・税務は月次締め、申告期限、監査対応など、休止できない業務が集中する部門です。産休が発生すると、以下のような問題が露呈しやすくなります。

  • 月次・四半期・年次業務が特定個人に集中している
  • 税務局・監査法人等の対外コミュニケーション窓口が特定個人に集中している
  • 権限(承認/送金/電子税務)の設定が「本人アカウント前提」になっている

産休は例外的なイベントではなく、一定規模以上の組織では発生する前提で体制を設計すべきです。外資企業では、本社監査・内部統制の観点からも、産休を見据えた業務分担・権限設計が求められます。なお、小規模法人では特定社員への依存を完全に避けられない場合もあります。そうした場合の対策については、またの機会に記事にしたいと思います。

おわりに

ベトナムの妊娠・出産・育児に関する女性保護制度は多層的であり、「知らなかった」だけで労務リスクとなり得る項目が少なくありません。特に外資企業は、コンプライアンスやレピュテーションの観点から、解雇・懲戒・有期契約満了の取り扱い、生理休憩・育児休憩の運用などを早めに社内ルールへ落とし込んでおくことが重要です。何よりも、社員がより安心して働ける環境づくりにつながるはずです。本稿が皆様の組織運営の一助になれば幸いです。

 

FAQ(よくある質問)

Q1. 産休中の女性社員の社会保険料は誰が負担するのですか?

産休中の女性社員は社会保険料の支払いが免除されます。会社側も当該社員分の社会保険料負担が免除されます。産休手当は社会保険基金から直接支給されるため、会社の追加的な給与負担は原則発生しません。ただし、産休4か月で早期復帰した場合は、就労日の賃金は会社負担となり、社会保険の産休給付と並行して受給する形になります。

Q2. 有期契約の満了が産休期間と重なった場合、必ず契約を更新しなければなりませんか?

労働法上は「新しい労働契約の締結が優先される」と規定されていますが、「必ず更新しなければならない」とまで断定できる条文構造ではありません。ただし、妊娠・育児期の保護趣旨から、更新しない場合は合理的な理由と記録が求められます。実務上は、専門家に相談しつつ、契約満了前に十分な説明と協議を行い、対応の経緯を書面で残しておくことが重要です。

Q3. 生理休憩を取得しない女性社員に追加賃金を支払う必要がありますか?

はい。本人が生理休憩を取らずに就労し、会社がそれに合意した場合、通常賃金に加えて追加賃金の支払いが必要です。これは残業手当とは別の扱いです。就業規則に申請方法を明記し、取得を促す運用にしておくことで、後からの指摘リスクを軽減できます。

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この記事の著者

Accounting Works 編集部

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